前回のスッポンから長い(?)静寂期間を経て、我々は再び立ち上がった。折しも世の中はインフルエンザ騒動の渦中にあり、その震源地ともいえる兵庫県に住む我々にとって、今回のインフルエンザ騒動は決して他人事などではあり得ない。今回の場合、インフルエンザということでどうしても病気に対してスポットが当てられることは仕方のないことである。しかし、我々は今回のような騒動があるごとに、いずれ食品の安全性が損なわれ、食糧難の時代が来るのではないかという食に対する危機感を募らせてしまうのである。 そこで我々はアクションを今こそ起こすべきだ、との使命感に駆られ立ち上がった次第である。今までの過酷なレポートにより、隊員達の士気も決して高いとはいえないものの、新たな志願者は後を絶えない。今回もイキの良い新しい隊員たちを迎えて社会の怖さを・・いや、本当のグルメというものを知って頂きたいと思う。同時にこれをご覧になる皆様の胃を見るだけで一杯にさせることができれば本望である。今回は危険な生物ということでかなり長編になってしまったことをお許しいただきたい。 「はじめに」 今回がデビューとなる新人料理人、和の2代目西本、及び中の2代目向林より今回の食材について説明があった。 「今回はかなり特異な食材ということで、可能な限り新鮮、且つ水のきれいな宮津湾で捕獲した中から厳選されたウミケムシを用意しました。同時に現場で偶然発見されたアメフラシ、そしてナマコも今朝釣り上げたばかりの超新鮮状態ですのでまさに極選素材といえます。」 黙って聞いていた総隊長Mr.Xは今回オブザーバー参加していたマロ伊藤に話を向けた。「ところで・・。マロ伊藤よ、今回はウミケムシを喰らうという趣旨だったハズだがなぜアメフラシやナマコもこの場所に、そしてこのシチュエーションに存在しているのか?端的に述べよ」 マロ伊藤は水産学者と呼ばれるだけあって冷静に答えた。 「あのでしゅね。ウミケムシを食べると言うムチャクチャな・・いや、難解なテーマでしゅと、結局誰も食べれなかったという結末がおよそ87%の確率で考えられましゅ。しかるに私と致しましてはせめて総隊長のツラ、いやお顔を汚さぬよう、私が研究室で食べた事もあるアメフラシをぜひ賞味頂きたいと考えたのでしゅが・・」 「ぬぅ・・まぁ良い。主役であるウミケムシがボヤけてしまわぬか我輩は心配だが、とにかく主役がボヤけぬよう十分配慮せよ」新人料理人達は緊張を隠せず頷いた。 「それから」とMr.Xは続けた。「マロ伊藤よ、ウミケムシの毒についてそちの考察を聞こうではないか。ただし端的に、だ。」待ってましたとばかりにマロ伊藤は口を開いた。 「あのでしゅね。ウミケムシは多毛綱ウミケムシ科の環形動物でありましてゴカイと同じ多毛類でしゅ。日本では本州中部以南に生息しておりまして・・」 Mr.Xはそこでマロ伊藤の口を片手をふさぎ、口を開いた。 「吾輩はウミケムシの毒についての考察を述べよと言ったハズだ。誰が生態について話せと言ったのか!そして端的に、と言ったハズだが聞こえなかったようだと見えるな。」 マロ伊藤はメガネを直すと慌てて続けた。 「これは総隊長、失礼いたしましゅた・・。実は今年の3月にウミケムシの毒について慶應大と名古屋大のチームが解明しました。炭素が鎖状につながった構造の神経伝達物質「ガンマアミノ酪酸」を分子内に持つ有機化合物が毒物質と判明し、「コンプラニン」と命名されました。ということでしゅ。」 「して、その毒は食べても具合が悪いのか?我輩は挑戦というフレーズは好むが死というフレーズは好まないが。」 再びメガネをかけ直すとマロ伊藤は「死に至る毒ではありましぇん。ただ食べないにこしたことはないかと・・。」 その回答を待たずしてMr.Xは大号令をかけた。「調理をすぐに始めよ。今すぐ、だ。」
とにかくこのウミケムシをどう調理するのか、いかに名誉ある選ばれし料理人といえども考えるところである。毛の処理(夏に向けて・・とかいう話ではない)をどうするのか、和の新人料理人西本には過酷と言える。厚手のゴム手袋をはめ、左手にメゴチばさみ、右手に包丁を握りながら悪戦苦闘している姿に業を煮やしたMr.Xは耐えきれず苦言を呈した。 「西本よ、そんな柔らかい食材をゴム手袋をはめた上にメゴチばさみで挟むくらいでは固定できる訳もなかろうが。よく見るが良い。奴は腹側には毛は無い。しかるに素手になって腹側を手で押さえるべし。さすれば解決するであろう。ウミケムシごときに恐れることはない」 西本は我慢できずに噛みついた。 「では総隊長、私は新人ゆえにまず手本をお見せ下さいませ」 こやつめ、と新人を睨むMr.Xであったがやむを得ず、素手で腹を押さえ包丁を握った。すると「うぎゃー!!」という曇った悲鳴がマスクの内側から聞こえた。予想通りというかMr.Xの指に毒毛が刺さった。それも相当な数である。西本は顔を引きつらせながら笑いをこらえた。・・いやしかしここは笑うトコなのか?
一方、料理人向林はアメフラシと格闘していた。まだ生きているアメフラシを一体どう食うのか?マロ伊藤は食えると言ったが、果たして本当に食えるのか?その疑問はアメフラシに包丁を入れた時からさらに増大した。 アメフラシの中からは緑色と黄色の何とも言えない流動物が出てきた。「・・・。」その臭いに顔をしかめる向林だが、志願して名誉あるグルメ探検隊のシェフとなった彼はその地位を失うまいと孤軍奮闘したのである。
料理人向林は思わずMr.Xに懇願した。 「これはやめておきましょう。非常にキケンな匂いがします。僕は一番年も若く、尚且つ独身で輝く未来があります。誰かと違って・・」誰かというのが自分を指しているであろう言葉に激怒したMr.Xは最後通告を突きつけた。 「構わぬ。好きにせよ。そちには選択肢は二つしかない。このまま黙ってアメフラシを調理するか、もしくはとっとと脱退して自分の名を下げるか、今すぐ選ぶが良い。この企画は病める日本の為であるということを忘れた料理人はいらぬ。」 この一喝で目が覚めた(?)料理人向林は黙々とアメフラシ、及び唯一まともそうな食材であるナマコをさばききった。
綿密な打ち合わせの席で今回のレシピは決定していた。和の西本はアメフラシの調理を担当。考えあぐねた末に、「アメフラシと海産物の初夏のパスタ」に決定。…ん?パスタって「和」じゃないやんけ!と突っ込みたくなる所であるが、人の「和」を重視する西本にとっては、洋もあっさり受け入れる性格のようだ。そして彼はグルメ探検隊特設第一キッチンへと向かったのである。 詳しいレシピは料理人のオリジナルなので、「これがアメフラシの美味しいレシピだ!」などとコピーされることを嫌う料理人ゆえに勘弁して頂くが、まずは具をソテーする。向林がさばいた陰の主役であるアメフラシを軽くソテー…するハズだったが予想外の出来事に西本は悲鳴をあげた。 「総隊長!アメフラシから何とも言えぬ水分がどんどん出てきます!しかもフライパンにこびりつきます!おまけにニオイ付きです」 フナムシに比べればマシと言わんばかりにMr.Xは口を開いた。
「西本よ、何事も初体験には苦労がつきものだ。しかし、その壁を乗り越えるかどうかは自分次第だ。壁は乗り越えるより壁自体を壊した方がたやすいのは先人の知恵だ」 「あの、意味がわからないんですけど。とにかく自分でなんとかしますので。」 西本は集中力がなくなると言って新人でありながらMr.Xを排除すると黙々と料理に取り組んだのであった。
一方、グルメ探検隊特設第二キッチンにおいては、中の向林がメイン食材であるウミケムシの調理にとりかかろうとしていた。事前打ち合わせで決定したレシピは、シンプルにアレンジするということで「広東風豚ケムシ」に決定。キムチではないので誤解されないように。中華料理屋で働いた経験をフルに活用し、中華鍋を振る向林にはある種新人らしからぬ貫録がある。しかしこの料理のポイントはウミケムシをどのタイミングで入れるかである。
Mr.Xは以前に我慢できずにエサのゴカイを焼いて食べようとしたことがあったが、奴は焼くとすぐに炭のようになり、食べることができなかった、という経験を踏まえ、同じゴカイの仲間であるウミケムシの処理には十分気を配る必要がある。何しろ食べなくてはならないのだから・・。
しかしそんなアドバイスは不要とばかりに向林はあざやかな手つきで料理を進め、中華らしくあっさり5分ほどで完成した。
Mr.Xがそれぞれの料理人の自室をチェックしている間に第一キッチンの西本、及び第二キッチンの向林とも料理が完成したようだ。 料理人の部屋で怪しげなDVDをこれでもかというくらいチェックしていたMr.Xにマロ伊藤が噛みついた。 「あの、もうできてましゅケド…。もう来ていいでしゅよ?」「…」メイドなんとかという怪しげなDVDを置くとこう吐き捨てた。 「愚か者めが!紛らわしい言葉をかけるな!」 魚が恋人というマロ伊藤にはなんのことか理解できなかったのは言うまでもない。 とにもかくにも料理が完成した。 これからいよいよ命がけ(?)の試食となる。
「どうだ?美味なら美味と言うが良い。ただし・・」 そこでMr.Xを手で遮ったマロ伊藤は答えた。 「端的に、でしゅね。ビミ―――ョーでしゅ。うげ・・でしゅ。」 「・・・」その話し方にイラついていたMr.Xの怒りは激しくなる一方だ。 「おぬしは研究室で食べた時は美味だったとぬかしたハズだ!これはどういうことだ?我輩はアメフラシはあくまで脇役であり、アメフラシにスポットが浴びるようなことがないよう釘をさしておいたハズだ。主役のウミケムシにどう懺悔するつもりだ!不愉快だ。我輩は帰らさせて頂く。」
今回の料理人達は皆新人であり、誰も俺を止めることなど出来ぬハズと計算していたMr.Xであったが、意外にもトイレから戻ったドライバー宇田がストップをかけた。 「私は本日ドライバー、即ち運転手を務めました。これが何を意味するかご存知でしょうか、Mr.X。 私は貴方を釣り場に誘導し、そして帰りもここまで誘導しました。つまり、私は車を運転していたのではない。貴方を運転していたのです。」 「ぬぅ・・腕をあげたな宇田よ。そちの強引なその理論、嫌いではない。」再び腰を下ろしたMr.Xは観念してアメフラシを口に入れた。 「・・・しかしなんだこの味は!磯の味しかしないではないか!我輩はこんなものを食べに来たのではない!」しかしそこは総隊長、吐く事もせず水でしのいだ。 「料理人に喰わせろ!」怒りが頂点に達したMr.Xはマロ伊藤に指示を出した。マロ伊藤は「失礼致しましゅでしゅ・・」とアメフラシを取り分け、料理人向林の目の前に申し訳なさそうに皿を置いた。 それまで硬直していた向林はこれが噂に聞いたグルメ探検隊の厳しさか・・と呟いたのちおもむろに口に運んだ。
何も語らなくなったマロ伊藤にシビレを切らせたMr.Xは珍しく進んで試食をした。 「むぅ・なるほど。弾力があってなかなか噛み心地は良いな。だが・・まるでイソメを頬張っているような感覚だ。喰える。しかし、わざわざ毛を取り除いてまで喰う価値があるかどうか、だ。ウゲ・・」 そこでやはり黒酢を一気飲みしたMr.Xは続けた。 「西本、そして向林よ。おぬしらは今日から名誉あるグルメ探検隊の料理人として我輩はここに認める。精進するがよい。」 複雑な表情を浮かべお互い顔を見合わせる西本と向林だが正座したままでMr.Xに謝意を示す他なかった。かくして、難敵と思われたウミケムシを我々はついに制覇した。めでたし、めでたし・・。 「だが・・」料理人の部屋をさらにチェックしていたMr.Xは続けた。「名誉ある料理人として明らかにふさわしくない、こういった類のDVDは褒められるものではない。我輩が没収のうえ、処分させて頂く。そちの成長を心から願う我輩の親心だ」「・・・ほんまに処分するんやろうか?」コソコソ話し合う料理人たちだったが・・。
Mr.Xはなぜか上機嫌で今回のウミケムシ劇場の終了を高らかに宣言すると、お腹に大量のDVDを抱え、DVDが落ちないように体を丸くしてさっさと退場した。 「あれこそ、まるでウミケムシやな・・」